ミライ工事メディア 2023/04/17 大浦天主堂の歴史・見どころについて【洋風世界遺産|美しいステンドグラス|マリア像】 #世界遺産#国内の建築 この記事をシェアする 【個人情報の取り扱いについて】 ・この入力フォームでご提供いただく個人情報は、弊社が提供するサービスや商品に関する情報を電子メール等でご提供および案内のために利用します。 ・当個人情報を第三者に提供することはありません。 ・当個人情報の取扱いを委託することがあります。委託にあたっては、委託先における個人情報の安全管理が図られるよう、委託先に対する必要かつ適切な監督を行います。 ・当個人情報の利用目的の通知、開示、内容の訂正・追加または削除、利用の停止・消去および第三者への提供の停止(「開示等」といいます。)を受け付けております。開示等の請求等は、以下の「個人情報苦情及び相談窓口」で受け付けます。 ・任意項目の情報のご提供がない場合、最適なご回答ができない場合があります。 ・当ホームページではクッキー等を用いておりますが、これによる個人情報の取得、利用は行っておりません。 ・入力していただいた個人情報はSSLにより暗号化されます。 <個人情報苦情及び相談窓口> 株式会社ミライ工事 個人情報保護管理者: 神山 苦情及び相談窓口責任者 神山 〒153-0043 東京都目黒区東山3-16-19 TEL :03-3714-3355 メール:help@miraikoji.com (受付時間 月曜日~金曜日 祝祭日を除く 9時~17時) 上記を確認の上、ご同意いただける方は送信ボタンを押してください。 × こんにちは!ミライ工事メディアです。 今回は大浦天主堂について紹介します。 目次1 大浦天主堂とは?2 大浦天主堂は国宝である!3 大浦天主堂は誰が建てた?4 大浦天主堂の歴史4.1 大浦天主堂は殉教者に向けて建てられた4.2 大浦天主堂がすごいといわれる理由①4.3 大浦天主堂がすごいといわれる理由②5 大浦天主堂の見どころ5.1 大浦天主堂の見どころ①鮮やかなステンドグラス5.2 大浦天主堂の見どころ②マリア像6 大浦天主堂の料金・アクセス7 まとめ 大浦天主堂とは? 大浦天主堂はカトリック教会の天主堂です。 後に詳しく解説しますが、日本最古の現存するキリスト教建築物です。 高さは約22mであり、ゴシック様式の建築物です。 ゴシック様式とは、中世ヨーロッパの建築物によくみられる特徴を持つ建築様式です。 特徴としては先が尖っているアーチ構造や、ステンドグラスがあることなどが挙げられます。 ゴシック様式についてもっと知りたい、他のヨーロッパの建築様式についても知りたい方は以下の記事もおすすめします。 ロマネスク・ゴシックの意味・違いとは? 大浦天主堂 ©nagasaki-oura-church.jp 大浦天主堂は国宝である! 大浦天主堂は1862年に着工し、1864年に完成しました。 そして1953年に国宝指定されています。 2018年には長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産を構成する文化財の一つとなり、世界遺産に登録されています。 完成時の大浦天主堂 大浦天主堂は誰が建てた? 大浦天主堂はルイス・ヒューレという方と、ベルナール・プティジャンという方が中心となって建てられました。 ヒューレはフランス人の宣教師であり、大浦天主堂の設計を行いました。 プティジャンも同じくフランス出身の宣教師であり、那覇でヒューレと共に日本語を学び、建設に携わりました。 プティジャン ©wikipedia.org 大浦天主堂の歴史 大浦天主堂は殉教者に向けて建てられた 大浦天主堂は実は正式名称ではありません。 正式名称は「日本二十六聖殉教者聖堂」といい、処刑された二十六名のキリスト教徒に捧げるために建てられました。 大浦天主堂がすごいといわれる理由① 大浦天主堂は国宝であり、世界遺産にも登録された要素には歴史が深く関わっていると考えられます。 その価値を理解するには、日本とキリスト教の歴史について知る必要があります。 1549年、宣教師フランシスコ・ザビエルが来日し、日本国内ではキリスト教が広まっていきます。 しかし1596年、豊臣秀吉の禁教令により先程述べた26名のキリスト教徒が処刑されます。 禁教令を出した理由には諸説ありますが、当時は政治と宗教を結びつける恐れなどが理由として挙げられます。 以降、江戸幕府も禁教令を出し、国内でキリスト教徒の居場所はなくなっていきます。 1639年には鎖国令も出され、外界と隔絶し、宣教師は日本にいられなくなってしまいます。 大浦天主堂がすごいといわれる理由② これらの出来事から国内ではキリスト教徒はいなくなったとされていました。 その約250年後である1864年、来日したプティジャン達が追悼の意を込めて大浦天主堂を建設します。 そして献堂式の約1カ月後である1865年3月、驚くべきことが起こります。 浦上の潜伏キリシタン達がプティジャンに信仰の告白をして名のりを挙げました。 国内に宣教師以外に信徒はいないと考えられていたため、プティジャンは非常に驚き喜びました。 表面は仏教徒を装い、弾圧に耐えながら約250年、7世代にわたって代々信仰を守り通してきたのです。 「信徒発見」の場となった大浦天主堂は、世界の宗教史においても貴重な教会であります。 また、このできごとはキリシタン達の潜伏が終わるきっかけにもなりました。 大浦天主堂の見どころ ここからは観光地としてもおすすめである大浦天主堂の見どころを紹介します。 大浦天主堂の見どころ①鮮やかなステンドグラス 大浦天主堂はゴシック様式の特徴を持つため、内部にステンドグラスがあります。 このステンドグラスは堂内の正面祭壇奥にあるキリスト像や、窓に使われており色鮮やかで綺麗なものとなっています。 ステンドグラスは ・改築時に作られたもの ・原爆による破損で戦後に修復されたもの ・1991年の長崎台風被害で破損し修復されたもの の3種類があります。 高窓のステンドグラス ©nagasaki-oura-church.jp 大浦天主堂の見どころ②マリア像 堂内の右側にある祭壇に飾られているマリア像は「信徒発見のマリア像」と呼ばれています。 この像の前で、潜伏キリシタン達はプティジャンに信仰の告白をしたとされています。 そのことから信徒発見のマリア像と呼ばれるようになり、歴史的な価値を持つ像になります。 信徒発見のマリア像 ©nagasaki-oura-church.jp 大浦天主堂の料金・アクセス 大浦天主堂の拝観料は以下の通りになっています。(2023年4月現在) 一般料金 団体料金 大人 1000円 900円 中高生 400円 300円 小学生 300円 200円 障がい者 大 人 300円 中高生 200円 小学生 100円 大 人 250円 中高生 150円 小学生 100円 また、拝観時間は通常時がAM8:30~PM6:00、11月1日~2月末日の冬季がAM8:30~PM5:30となっています。 交通アクセスは以下の通りとなっています。(JR長崎駅より) 市電 市電1番「崇福寺」行(約10分) →「新地中華街」乗換 5番「石橋」行(約10分) →「大浦天主堂」下車後徒歩5分 長崎バス 「大浦天主堂下」下車後徒歩5分 徒歩 約35分 大浦天主堂 まとめ 今回は大浦天主堂についてまとめました。 歴史も踏まえると、より素晴らしさや価値が分かったかと思います。 ミライ工事メディアでは国内外の素晴らしい建築物や建築の豆知識についてまとめています。 気になったら他の記事も見てみてくださいね! 自由の女神の高さは?誰が建てた?【意味、歴史について|世界遺産】 こんにちは!ミライ工事メディアです。今回は自由の女神について紹介します。アメリカ、ニューヨークのランドマークともいえる自由の女神ですが、実は違う国から入ってきたことはご存知でしょうか。また、自由の女神の手や足元、冠が表している意味など、秘密についても解説します。 魚津水族館を解説!【日本最古/見どころ/歴史/アクセス/富山】 富山県魚津市にある魚津水族館は、現存する水族館の中で最も古い水族館として知られています。また魚津水族館は日本で初のアクリル製水中トンネルを採用した水族館でもあり、魚を間近で見ることができ、他の水族館では体験できないような輪状化を味わうこともできます。 またミライ工事は工事写真アプリを手掛ける会社です! こちらも気になればダウンロードしてみてください! ミライ工事アプリの詳細はこちら この記事をシェアする 工事写真台帳アプリならミライ工事へ 前の記事を読む コラムの一覧に戻る 次の記事を読む 工事写真アプリ「ミライ工事」 > ミライ工事メディア > 大浦天主堂の歴史・見どころについて【洋風世界遺産|美しいステンドグラス|マリア像】